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ロック・ベスト100 ~ロックの時代を創った100曲~
 

6.ブリティッシュ・ハードの時代
1970-1977
Black Sabath / PARANOID (1970)
1967年、オジー・オズボーンが新聞紙に新バンド結成のためのメンバー募集の公告を出し,、バーミンガムで結成されたヘビー・メタルの始祖的なバンド。オリジナル・メンバーはトニー・アイオミ、オジー・オズボーン、ギーザ・バトラー、ビル・ワード。暗く重苦しいギター・リフを中心にした楽曲、そしてオカルト趣味を前面に出したイメージ戦略によって、独特のポジションを獲得していった。70年リリースの2ndアルバム『パラノイド』に収録された『パラノイド』がアメリカで大ヒット。続く『マスター・オブ・リアリティ』(1971)、『ブラック・サバス4』(1972)、『サバス・ブラッディ・サバス』(1973)などの頃が、オリジナル・サバスの全盛期にあたった。しかし社会的、商業的な成功を収めていくのとは裏腹に、メンバーのアルコール、ドラッグ中毒も悪化の一途をたどった。そして77年ボーカルのオズボーンが体調不良を理由に脱退。翌年に一旦はバンドに戻り、アルバム製作に参加するが、79年のツアー最中に解雇される。バンドを追われたオズボーンは、若手ギタリストのランディー・ローズを発掘し、ソロ活動で成功を収める。
John Lennon / Imagine (1971)
ビートルズの解散後、1970年、シンプルな演奏にのせ、母の死やビートルズに対する本音などジョンの感情が率直に表現されたアルバム「ジョンの魂/Plastic Ono Band」を発表。翌年71年にはソロ代表作とされるアルバム「イマジン」を発表。ジョンのソロ作品の中で極めて人気が高く、ジョンは完成当時「やっとイエスタデイみたいないい曲ができた」と喜んだという。なお、「イマジン」の原曲はビートルズ在籍時にすでに存在しており、69年の「ゲット・バック・セッション」で演奏されたテープが残されている。国家や宗教や所有欲によって起こる対立や憎悪を無意味なものとし、曲を聴く人自身もこの曲のユートピア的な世界を思い描き共有すれば世界は変わる、と訴えかける。人類愛や平和を勧める歌として多くの人々に愛唱されてきた。
HUMBLE PIE / I Don't Need No Doctor (1972)
フランプトン、マリオット等によるハンブル・パイの結成は「スーパーグループ」として大きく期待され、1969年にリリースされたデビュー・シングル『ナチュラル・ボーン・ブギー』は、イギリスで5位のヒット曲となった。続いてリリースされたアルバム『アズ・セイフ・アズ・イエスタデイ・イズ』はスモール・フェイセスを受け継いで発展させた作品として高く評価された。71年には『ロック・オン』がリリースされる。それはプログレッシヴ・ロックとブギー・ロックスタイルが交互に表れたものだった。この頃からマリオットの持ち味であるソウルフルな歌が前面に押し出されはじめ、彼らのフィルモア・イーストでのステージを捉えた『パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア』は当時最高のロック・ライヴアルバムの一つと見なされた。同作収録曲の 『アイ・ドント・ニード・ノー・ドクター』はアメリカのFM局で大きなヒットとなり、アルバムをバンド最高の商業的成功作とした。
 Uriah Heep - Easy Living (1972)
1970年 スパイスがユーライア・ヒープに改名。途中ドラマーをナイジェル・オルソンに変更するも、ファースト・アルバム『...ヴェリー・ヘヴィ・ヴェリー・ハンブル(VERY 'EAVY, VERY 'UMBLE)』をリリース。ミック・ボックスは「スタジオに入った時は4人組のスパイスだったのに、出てきた時は5人組のユーライア・ヒープになっていた」と語っている。この改名はブロンズレコードの社長兼ユーライア・ヒープのマネージャーのジェリー・ブロンの提案によるものである。ロジャー・ディーンをアート・ワークに起用した4thアルバム『悪魔と魔法使い(DEMONS AND WIZARDS)』発表。同アルバムからは「七月の朝」「安息の日々」の2曲がスマッシュ・ヒットとなった。
WISHBONE ASH / Argus (1972)
70年代初頭、ディープ・パープルの前座を勤めた事を切っ掛けに、プロデビューへの道が開く。70年、MCAより『光なき世界/Wishbone Ash』を発表しアルバムデビュー。このアルバムの最後に収められている曲『フェニックス』(Phoenix)は、現在でもライブで演奏される代表曲の一つである。翌年のメロディ・メーカー誌のブライテスト・ホープ部門にてNo.1に選出され、一躍その名を知らしめる事となる。72年に発表した3rdアルバム『百眼の巨人アーガス/Argus』は、ツインリードスタイルの完成を果たしたことでバンドの最高傑作と称され、英国チャート3位に入る。初期のライブ定番曲満載、泣きメロ中心で勇壮な抒情詩のようにドラマチックな展開は同時代の他のバンドを圧しており、とにかくいつまでも印象に残る。特に、「The King Will Come」「Thorw Down The Sword」といった様式美を追求したナンバーが秀逸である。
Beck, Bogert & Appice / Superstition (1973)
1969年、ベックは当時ジェフ・ベック・グループを率いていたが、バニラ・ファッジで活動していたボガートとアピスによる強力なリズム・セクションに衝撃を受け、セッションをすることとなる。その結果、ロッド・スチュワートを加えた4人で新グループ結成に動くが、ロッドはフェイセズに加入してしまい、結局3人でバンドを始動することとなる。しかし直後、ベックは交通事故を起こして全治3か月の重傷を負ってしまう。この間にボガートとアピスは新バンド『カクタス』を結成することとなり、バンド結成の話は流れてしまう。72年、カクタスと第2期ジェフ・ベック・グループが解散し、ようやくベック・ボガート & アピスとして始動することになった。73年、アルバム『ベック・ボガート & アピス』発売。人気を博すものの、ベックとボガートの確執もありセカンドアルバムを完成前に解散することとなった。  
 
Paul McCartney & Wings / Band on the Run (1973)
1971年、元ビートルズのポールと彼の妻リンダ、元ムーディー・ブルースのデニー・レインの3人を中心に結成され,1stアルバム『ワイルド・ライフ』が発表された。短期間dで制作されたアルバムは、荒削りな内容から評論家の批判が集中した。73年、3rdアルバム『バンド・オン・ザ・ラン』をリリースすると、全英米とも1位に輝き、全世界で600万枚以上のセールスを記録。また、評論家からも極めて高い評価を受けることとなった。アルバムの収録曲の多くは現在でもマッカートニーのライヴでの定番のレパートリーとなっている。発表当時、反目していたとされるジョン・レノンからも絶賛されたと言われる。シングルカットされた「Jet」「Band On The Run」がヒットした。  
 
BAD COMPANY / Can't Get Enough (1974)
ポールロジャース、サイモン・カーク(共に元フリー)、ミック・ラルフス(元モット・ザ・フープル)、ボス・バレル(元キング・クリムゾン)の4人によって”スーパーグループ”を結成。1974年、1stアルバム『バッド・カンパニー』を発表する。シングル「キャント・ゲット・イナフ」は全米5位、全英15位のヒットし、アルバムは全米1位、全英3位を記録。売り上げはアメリカだけで500万枚、全世界で1200万枚を超える大ヒットとなった。2ndアルバム『ストレート・シューター』、3rdアルバム『ラン・ウィズ・ザ・パック』を発表。それぞれ好セールスを記録したが、77年に発表した4thアルバム『バーニン・スカイ』は、当時のパンクブームに押されてか、セールスは伸び悩み、デビュー以来休みなく活動していたバンドは、ここでいったん活動休止となる。  
 
  UFO / Doctor Doctor (1974)
 初期のUFOは、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、フリー、ジェフ・ベック・グループなどからの影響を受けつつ、アメリカン・サイケ、ガレージ・ロックの影響なども盛り込み独自のサウンドを模索していた。しかし、そこにこだわりすぎるのはかえって自分たちのスタイルを限定してしまうのでは、とも感じていたようだ。日本公演後に行われたドイツ公演では、ギターのミック・ボルトンが突然失踪したため、サポート・バンドだったスコーピオンズのギタリストマイケル・シェンカーが急遽代役を務めた。1972年1月には、ミック・ボルトンが脱退したことよりバンドはよりスタンダードなロック・スタイルにシフトし、それに相応するギタリストを探し始めた。
73年6月、マイケル・シェンカーは、バンドに誘われイギリスへ渡英した。しかし、英語が満足に出来なかったマイケルは精神的に追いつめられながらも仕事をこなすこととなる。そんな追い詰められた環境下、名盤を数多く残すこととなる。74年、Phenomenonをリリース。マイケル・シェンカー加入後の最初の名盤。泣きのギターが素晴らしい「Doctor Doctor」、ギターのリフが非常に印象な「Rock Bottom」。この2曲は名曲として知られている。アルバムの随所でシェンカー節が聴けるので外せない。
 
 
10cc / I'm Not in Love (1975)
メンバー其々が長い下積みを経て1972年にデビュー。初シングルの「ドナ」をスマッシュ・ヒットさせ、73年に1stアルバム『10cc』を、74年に2ndアルバム『シート・ミュージック』を立て続けにリリース。特に、75年にリリースした3rdアルバム『オリジナル・サウンドトラック/The Original Soundtrack』は彼らの最高傑作と称され、収録曲の“I'm not in love”は、ロック史に残る名バラードとして全英1位、全米2位の大ヒットを記録した。同曲は、ポール・マッカトニーの“YESTERDAY”、ジョン・レノンの“Imagine”に匹敵する影響力を持つとも言われる。ブレイク後、バンドはメンバーの脱退などを経て83年に正式解散を発表。
Jeff Beck / Cause We've Ended as Lovers (1975)
スタジオ・ミュージシャン、ヤードバーズ、ジェフ・ベック・グループ、BBAを経て、1975年、ビートルズのレコーディングプロデューサーでもあったジョージ・マーティンをプロデューサーに迎え、当時流行していたフュージョン色の濃いインストゥルメンタル・アルバム『ブロウ・バイ・ブロウ』を発表する。インストゥルメンタル・アルバムとしては異例となるゴールドディスクをアメリカで獲得し、ビルボード・チャート最高4位とセールス面でも成功を収めた。。6曲目の「哀しみの恋人達/ Cause We've Ended as Lovers」はスティーヴィー・ワンダーの作曲で、ロイ・ブキャナンに捧げられている。  
 
 Scorpions / Virgin Killer (1976)
 1965年にルドルフ・シェンカー(g)が、バンドを結成。メンバーは、カール・ハインツ・ヴォルマー(g.)、ウォルフガング・ズィオニー(ds.)、ヨアヒム・キルヒホッフ(b.)の4人組。71年、マイケル・シェンカー(g.)とクラウス・マイネ(vo.)を加え、アチィム(b.)と交代したローザー・ハインベルグ(b.)の6人構成となる第1期スコーピオンズのラインナップで、ブレイン・レコードと契約。72年に、1stアルバム『恐怖の蠍団 - Lonesome Crow - 』を発売。十代のマイケルのプレイを大きくフィーチュアしている。後にマイケルは、失踪したミック・ボルトンに代わりUFOへ移籍することとなる。76年、『狂熱の蠍団~ヴァージン・キラー - Virgin Killer - 』を発売。メロディ・ラインに哀愁を帯び、ハード・ロックの様式美を前面に出した作品で、バンドの代表作となった。  
 
THIN LIZZY / The Boys Are Back in Town (1976)
1969年、フィル・ライノットを中心に、トリオで活動を開始する。Orphanage(孤児院)というグループ名を名乗っていたが、雑誌 "Beano" に掲載されていた漫画の中に "Tin-Lizzie" という名のロボットの名を拝借し、アイルランド人が発音しやすいように綴りを変え、バンド名をシン・リジィ (Thin Lizzy) とした。71年、1stアルバム『シン・リジィ』(Thin Lizzy) をリリースする。初期はアイリッシュ・フォークとロックの融合を軸にしたサイケデリック・サウンドを展開していたが、バンドは次第にステージ・パフォーマンスを含め、ロック・バンドへと様変わりする。73年、エリック・ベルがバンドを離れ、スコットランド人のブライアン・ロバートソン、アメリカ人のスコット・ゴーハムが加入。ツイン・ギターの4人編成となり、73年に4thアルバム『ナイト・ライフ』(Night Life)、75年に『ファイティング!!』(Fighting) をリリースし、ツイン・ギターのスタイルを確立する。76年、代表作ともいわれる『脱獄』(Jailbreak) を発表。全世界で200万枚を超えるセールスを記録する。シングル「ヤツらは町へ」(The Boys Are Back in Town) をリリース、全英8位・全米12位のヒットとなる。79年、ゲイリー・ムーアを迎えて制作した、シン・リジィの集大成ともいえるタイトル曲を含む『ブラック・ローズ』(Black Rose a Rock Legend)を発表しピークを迎える。
JUDAS PRIEST / The Ripper (1977)
1974年、イギリスのマイナーレーベル「ガル・レコード」と契約。1stアルバム『ロッカ・ローラ』でデビュー。76年、この上ない英国的叙情性とドラマ性が息づく、メタル史上に残る最高傑作とも言われる2ndアルバム『運命の翼』を発表。同年12月、メジャーレーベルCBSレコードと契約。メンバーはドラマー不在のまま曲作りを始める。空き家となっていた修道院を借りてリハーサルを行った。77年3rdアルバム『背信の門』を発表。
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